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大阪地方裁判所 昭和38年(ヨ)2384号 判決 1966年6月29日

債権者 株式会社下村商店

債務者 平尾化建株式会社

主文

本件仮処分申請を却下する。

訴訟費用は債権者の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、債権者は

1、債務者は、その製造する戸車のコマ(車)に、別紙記載の各色およびその中間色のオレンジ色を使用し、またはコマに右色を使用した戸車を販売拡布してはならない。

2、債務者は、その戸車に、オレンジ色であることを示す名称を付して、これを販売拡布してはならない。

3、債務者の占有するコマおよび戸車のうち、オレンジ色を使用したコマおよびそのコマをつけた戸車に対する債務者の占有を解き、これを債権者の委任する大阪地方裁判所執行吏に保管を命ずる。

との判決を求めた。

二、債務者は主文と同趣旨の判決を求めた。

第二、当事者の主張

一、債権者の主張

(一)1、債権者および債務者はいずれも戸車等の建築金物類その他建材の製造販売を目的とする会社である。

2、債権者は昭和三二年頃コマの部分をナイロン製とする戸車の製造に成功した。すなわち従前の戸車は、これを使用するときに騒音を生ずるとか、または早く腐蝕して耐久力に欠けていたため、その改良が望まれていたところ、債権者は右の要望に応えて、従来の製品と比較して数十倍の耐久力および耐熱、耐寒、耐水性を有するナイロン戸車を創製した。

3、債権者は昭和三三年四月頃申請外日本レイヨン株式会社と提携し、戸車のコマの原料に、同会社の製品であるナイロン(「ニチレナイロン」)を用い、これに斬新なオレンジ色を着色(当時他社の車は殆んど黒色または鉄色)したナイロン戸車に「ニチレナイロン戸車」という呼名を用い販売を開始した。

4、債権者は当初右のオレンジ色のナイロン戸車に「静かで、くさらず、永久に」というキヤツチ、フレーズのもとに宣伝を開始した。

ところが右戸車の品質性能が極めて優秀であつたため、爆発的な人気と需要を呼び、かつそのコマの色が、従来用いられたことのない特異のオレンジ色であつたため、需要者の注目を引き、発売後一ケ月を経た昭和三三年五月頃には早くも戸車のコマにオレンジ色を付したものは、債権者の戸車である(セコンダリーミーニング)ということが、広く認識されるとともに、債権者の戸車は、金物類の取引業界および需要者間で、「オレンジ色」「オレンジ色の戸車」「オレンジ色のナイロン戸車」および「オレンジ色のニチレナイロン戸車」と呼ばれるようになり、以上の呼び名(トレード、ネーム)はオレンジ色の色彩自体とともに債権者の戸車たることを示す表示として、わが国内に広く周知されるに至つた。

右のような実情にあつたので、債権者は昭和三三年九月頃以来進んで「オレンジ色の戸車」など「オレンジ色」という語のある表示を、戸車の宣伝広告に用いてきたものである。

(二)  しかるに債務者は遅くとも昭和三六年一〇月二八日以来「オレンジ色」という呼び名が債権者の戸車を示す周知表示となるに至つたことを知りながら、右のオレンジ色を自己の戸車のコマ(その原料は安価なナイロンなどの合成樹脂を用いる)に使用し、またはこれを使用した戸車を販売して、債権者の戸車との識別を困難にさせ、もつて商品の混同を生ぜしめている。

(三)  債権者のオレンジ色の戸車は発売以来取引業界および需要者より好評を受け、その需要は急速に増加しつつあつたが、債務者その他の第三者が安価なナイロンその他の合成樹脂を原料として品質の粗悪なコマを作り、これにオレンジ色をつけて販売し、これを需要者らに債権者の品質の優秀なナイロン製戸車と混同誤認させ、そのため債権者の売行きは次第に減少するとともに営業上の信用も失墜しつつある。

(四)  債務者の右行為は、不正競争防止法(以下単に防止法という)第一条第一号に該当し、債権者はこれにより営業上多大の損害を受けつつあるので、同条同号に基づき、債務者の右行為の差止めを求める権利を有する。

(五)  そこで債権者は債務者に対し右不正競争行為の差止めおよび損害賠償の請求訴訟を提起すべく準備中であるが、これが勝訴判決の確定を俟つていると、その間に債権者の品質優秀な戸車と債務者の粗悪な戸車との混同誤認を生じ、債権者はこれにより将来回復することのできない財産上ならびに営業上の損害を蒙るおそれがあるので、これを避けるため、本件申請に及ぶ。

(六)  (債務者の主張に対する反論)

債務者はオレンジ色の単色は、防止法第一条第一号に定める「表示」となりえないと主張するが、同法施行の地域内において広く認識せられる特定の人(本件においては債権者)の商品(戸車)たることを示す表示が、その商品中のある特定のもの(コマ)に使用される特定の色(オレンジ色)である場合には、その商品中のある特定のもの(コマ)に限り、特定の色(オレンジ色)を使用することは、その商品主体たる特定の人(債権者)にだけ許される。

この場合、特定の人(債権者)の商品(戸車)たることを示す周知表示として、広く認識された、その商品中のある特定のもの(コマ)に使用される特定の色(オレンジ色)と同一の色を、第三者(債務者)が使用し、またはこれを使用した商品を販売、拡布もしくは輸出して、その商品主体たる特定の人(債権者)の商品と混同誤認を生ずる行為をすると、同法第一条第一号に定める不正行為に当たるものとして、直ちに商品主体たる特定の人(債権者)は第三者(債務者)に対して、その差止めを請求しうるものというべきである。

二、債務者の主張

(一)1、債権者主張の(一)の1の事実は認める。もつとも債務者は戸車を販売しているが、製造していない。

2、同2の事実は知らない。

3、同3の事実中債権者が日本レイヨン株式会社と提携し、戸車のコマの原料に同会社の製品であるナイロン(ニチレナイロン)を用い、これに「オレンジ色」を着色し、このオレンジ色のナイロン戸車に「ニチレナイロン戸車」という名前を用いたことを認め、その余の事実は不知。

4、同4の事実のうち、債権者がその主張の戸車に「ニチレナイロン戸車」の呼称をつけて販売していたことは認めるが、その他の事実は知らない。

5、債権者主張の(一)の5および(二)ないし(五)の事実は争う。

(二)  債権者は、オレンジ色の色彩自体が債権者の戸車であることを示す呼び名(トレードネーム)となるに至つたことを主張する。

1、しかしオレンジ色という色彩それのみでは、取引者または需要者に債権者の商品であることを示す標識となりえないものであり、いわゆる特別顕著性を欠いている。

およそある商品につける色彩は、原則としてなんびとも自由にこれを選択使用することが許されているのであるから、当該商品を、特定の人により製造もしくは販売されていることを示すのに役立つ他の特徴とともにする場合はともかく、オレンジ色という色彩のみで、防止法第一条第一号にいう「他人の商品たることを示す表示」となりえない。

このことは、同法にいう「表示」を商標法に定める「標章」と比較対照することによつても、容易に首肯しうるところである。すなわち、後者の「標章」は、商標法第二条によると、色彩それのみではなく、これと文字、図形もしくは記号とを結合した構成のもとにおいて、はじめて特別顕著性のあることが定められているので、前者の「表示」もまた商品の出所を示すのに役立つ他の特徴を有する場合にのみ、特別顕著性があるものということができる。

2、かりに債権者の主張するように、色彩それ自体が、不正競争防止法の定める「表示」に該当するとの見解を取ると、故意過失等の主観的要素を必要としない同法のもとにおいて、個々の不正競争行為を防止する限度にとどまらず、更には反射的に特定の人に色彩の使用を独占させる結果をも招来することになる。

3、かりに特定人が永年色の組合せを排他的かつ独占的に使用していたことによつて、その色の組合せ自体に特別顕著性を生ずる場合があるとの見解を採用するとしても、債権者は色の組合せでなく、オレンジ色という単色を使用していたのであるから、これにより特別顕著性を生ずる余地も存しない。

4、なお債権者は色彩についての意匠権などを取得し、これが権利に基づいて、永年赤とか黒とかの強い原色を排他的かつ独占的に使用しているのではなく、戸車の防腐材として用いられる弁柄の色に近い赤と黄との中間色を使用しているのである。しかも債権者は当初赤色の濃い赤黄色を用い、次いで他の多くの戸車販売業者が黄味の強い赤黄色を使用するや、その方に色を移動せしめたのであつて、これは消費者の嗜好にあわせ近づけたものである。もし、債権者において、色彩を表示として考えていたのであれば、当初より一貫した色を使用すべきである。本件において、オレンジ色は出所表示として考えられたものでないことは、当初オレンジ色をなんら表面に出していないパンフレツトによつても明らかである。

(三)  またかりにオレンジ色自体が債権者の主張するように広く知れわたり、特別顕著性を取得したことがあるとしても、単色であるため、特別顕著性はすぐさま消滅し、現在においては債権者の戸車たることを示す「表示」としての機能を営んでいない。

(四)  債権者の戸車たることを示す「表示」は、債権者の主張するように、オレンジ色という色彩にあるのではなく、「ニチレ」もしくは「ナイロン」という呼称にあるものというべきところ、債務者は自己の戸車に<H>の商標を付して「シヨウレツクス」の呼称を冠し、債権者の戸車の「表示」と比較して一見明白な差異があるので取引業界で両者の戸車を混同することはなく、またそのようなおそれもない。

第三、証拠関係<省略>

理由

第一、債権者および債務者がいずれも戸車等の建築金物類の製造販売を目的の一とする会社であること、債権者が日本レイヨン株式会社と提携し、戸車のコマの原料に同会社の製品であるナイロン(ニチレナイロン)を用い、これにオレンジ色を着色し、これに「ニチレナイロン戸車」との名称を附して販売していること、債務者の戸車のコマに赤と黄の中間色であるオレンジ色を使用した戸車を販売していることは、いずれも当事者間に争いがない。

債務者の販売している戸車であることに争いのない検甲第二号証、証人秋山幸造、同坂下巳知夫の各証言によると、債務者は、昭和三四年初頃以降オレンジ色の「シヨウレツクス」(プラスチツクの一種)製の戸車を販売していることが認められる。

第二、債権者は、戸車のコマのオレンジ色および「オレンジ色の戸車」「オレンジ色のナイロン戸車」「ニチレナイロン戸車」の各呼名は、いずれも債権者の戸車であることを示す表示として国内において広く認識せられているものであると主張するに対し、債務者はこれを争うので、検討する。

一、色彩、殊にオレンジ色の単色が防止法にいう「他人の商品たることを示す表示」たりうるか。

「他人の商品たることを示す表示」とは取引業者または需要者が商品に附されている表示自体により、特定人の製造販売の業務にかかる商品であることを認識することができ、これと他の第三者の商品とを区別するに足りるいわゆる自他商品の識別力をそなえている表示をいうものと解される。債務者は、商標法において、文字図形若しくは記号、若しくはこれらの結合、又はこれらと色彩との結合は標章として認めているが、色彩、殊に単色は文字図形記号と異なり、それ自体独立して商標法に定める「標章」として認められていないのであつて、防止法にいう「他人の商品たることを示す表示」たり得ないと主張する。

もとより、色彩の使用は原則として自由であるから、特定人が戸車のコマにオレンジ色のみを永年に亘り使用しても、この事実だけから直ちに戸車のコマに対するオレンジ色の使用につき排他的独占的使用権が生ずる理由がない。また他人がこれによりその色の使用の自由を奪われる道理がない。

しかしながら、もし、他人の商品はその色で知られ、その色の商品を見るものは誰でも他人の商品だと判断するに至つた(セコンダリーミーニング)場合とか、その色である旨の表示をすれば、誰でも直ちに他人の商品であると判断する(トレードネーム)など、その色が他人の商品と極めて密接に結合し、出所表示の機能を果たしているような特別の場合には、その商品に施された色ならびにその色である旨の呼名は防止法一条一号にいう「他人の商品たることを示す表示」として不正競業から保護せられなければならない。したがつて、このような場合においては、他人の商品と同一または類似の商品に、他人の商品の色と同一または類似の色を施し、あるいはその色である旨の呼名を使用して他人の商品と混同を生ぜしめる者に対して、これに因つて営業上の利益を害せられる恐れのある者は、その行為の差止めを求める権利があると解するのが相当である。

二、戸車のコマのオレンジ色は債権者の商品であることを示す周知表示となつているか。

(1)  証人稲葉良貞の証言によりその成立が疏明される疏甲第一号証、第二四号証、成立に争いのない同第三号証の二の一一、一二、一六、第四号証の二の六五、第七号証、第三七ないし第四〇号証の各一、二、第四一号証の三、第四九号証、証人富沢彰の証言によりその成立が疏明される同第一〇号証、同第四六号証の一ないし三一(その成立は、証人富沢彰の証言により真正に成立したことが疏明される甲第四五号証の記載と成立に争いのない同第四一号証の三の記載とを総合することによつて認められる)、証人稲葉良貞の証言を綜合すると、債権者が前記戸車を製造販売するに至つた経過として次のような事実を一応認めることができる。

(一) 債権者は昭和二七年八月頃より昭和二九年七月頃までは真鍮製の戸車を製造販売していた。

(二) 債権者会社の化成品部長たる申請外稲葉良貞は、昭和三二年八月頃旅行中の止宿先で雨戸を開閉するに際し、その車より発する「ガラガラ」という騒音を耳にして不快な気持になり、不図その雨戸の車の原料に、金属よりも更に磨擦強度のあるナイロン(プラスチツクの一種)を使用することを思いつき、債権者会社において研究調査を進めたうえ、同年一〇月頃に無音に近くかつ磨耗性の少ない試作品を製作しえたこと、同年一一月頃に申請外日本レーヨン株式会社と提携して、同会社より車の原料たる「ナイロン」(同社がスイスのインベンター社と技術提携して作つたグリロン)を継続して買入れる契約を結び、翌三三年一月に大量の「ナイロン」製戸車を製造し、同年四月これを市販するに至つた。

(三) 当時市場に出廻つていた戸車の大部分は鉄真鍮製(その色は材料の地色をそのまま出したまの)であり、他の一部分にはプラスチツクの一種であるベークライト製(僅かな衝撃で割れやすく、その色は黒、灰、茶褐色)、或いは「ゴム」製(風化しやすく、その色は白色)のものもあつたが、「ナイロン」製のものはなく、債権者の創製した「ナイロン」製戸車は、他社のそれと比較して、耐久性、耐磨擦性が高く、かつ軽くて錆びないうえ、加工成形することも容易であり、また金属製のもののように磨擦強度を高めるために油剤を用いる必要がなく、更に「ガラガラ」という騒音も生じない特性があつた。

(四) 債権者はナイロン戸車に右のような特性があるので、これを市販すればその売行きが増加することは必常であると考え、自己の製品を鉄真鍮製など当時市場で取引されている他の戸車と識別させるため、ナイロン戸車のコマの色に、需要者の心裡に強く印象づけやすいオレンジ色を選択した。

(2)  前掲甲第一号証、第七号証、第三七号証の一、二を綜合すると、戸車の製造業者は、従来自己の製品を宣伝広告する方法として、自己の発行するカタログにこれを掲載して販売業者に配布したり、或いは自己と取引のある問屋を通じて小売業者に口頭で宣伝し、または販売業者の集まる見本市に自己の製品を展示するなど、主として販売業者を対象にしていたが、債権者はこれと異なりオレンジ色のナイロン戸車の販売を始めた昭和三三年四月頃より、主として戸車の需要者を対象とし、新聞、雑誌、テレビその他の方法で右戸車の宣伝広告に努めてきたことが疏明される。

(3)  本件に顕われた証拠資料より、債権者のした戸車の宣伝広告の詳細をみるに、債権者がナイロン戸車の発売当初より昭和三三年八月末頃まで、「オレンジ色」の語を使うことなく、「ニチレナイロン戸車」の呼称で宣伝広告したことは債権者の主張自体から明らかなところであり、右事実に、成立に争いのない甲第三号証の二の三ないし二〇、第四号証の二の一ないし九五、第五号証の二の一ないし六六、第三一号証の一、二、第三二号証の二ないし五、第三三号証の三ないし五、第三七、第三九号証の各一、二、証人稲葉の証言によりその成立が疏明される甲第三号証の二の一、二、第二二号証の一、二、第二三号証の一ないし四、第二五ないし第二八号証、第二九号証の一、二、第三二号証の一、第三三、第三四号証の各一、二、同証言によりその成立が疏明される甲第四三号証と成立に争いのない同第三九号証の一、二とによつて真正に成立したことを疏明しうる甲第三〇号証、同証人の証言(以上は別表掲記の各証拠)のほか、成立に争いのない甲第四〇号証の一、二ならびに証人片岡貴美の証言を合わせ考えると、債権者はナイロン戸車の宣伝広告をするにつき、日本レーヨン株式会社よりその略称たる「ニチレ」の語を入れた「ニチレナイロン戸車」の呼称で宣伝広告をして貰いたいとの申入れを受け、債権者もまた業界に広く知れわたつた「ニチレ」の語を用い、戸車の性能が優れていることを宣伝することにより、戸車の販売高も増加するので右の申入れを承諾し、昭和三三年四月頃より別表記載のようにその大部分は「オレンジ色」の語を使うことなく、「ニチレナイロン戸車」の表示を用い宣伝広告してきたのであるが、同年九月頃よりは右の表示を改めて、「オレンジ色の戸車」または「オレンジ色のニチレナイロン戸車」とし、日本レーヨン株式会社とともに宣伝広告してきたことが疏明される。

(4)  前掲甲第一号証、第四号証の二の六五、第四〇号証の一、二、第四一号証の三を綜合すると、債権者のナイロン戸車の販売数量は、昭和三三年四月以降毎月約五〇万個であつたが、次第に需要が増え、同年九月には約九〇万個、同年一〇月以降には毎月約一二〇万個(全国の需要数量の約三分の一)に達し、昭和三七年一月頃より毎月約一〇〇万個に減少し、その販売区域は、北は北海道、南は九州に至る国内全域に及んでいることを一応認めることができる。

(5)  そこで、果して右の色彩が債権者によつて独占的に使用され、他の戸車と区別しうる識別力を取得し、かつこれが債権者の戸車たることを示す表示として広く周知されるに至つたものであるか否かについて考察を進める。

(一) 債権者の主張に副う証拠資料として、

(イ) 前掲甲第一号証、第三七、第四〇号証の各一、二、第四一号証の三、第四九号証、証人富沢の証言によりその成立が疏明される同第一六ないし第二一号証には、債権者のナイロン戸車の性能が優れているうえ、これに着色されているオレンジ色自体が従前見られなかつた新しい色彩であり、かつ需要者の心裡に強く印象づけるものがあつたので、昭和三三年五月頃需要者のなかには、右戸車を「ニチレナイロン戸車」(債権者の用いた宣伝広告語)と呼ばないで、「オレンジ色の戸車」という呼称を使つて、購入の申込みをする者が少なくなかつた旨の記載があり証人稲葉良貞も同旨の証言をしており、

(ロ) 証人富沢の証言によりその成立が疏明される甲第八ないし第一五号証には、債権者の化成品部長たる稲葉および東京、大阪その他地方の戸車販売業者らの供述として、周知性取得の時期につき、昭和三三年頃とか、或いは債権者の主張する同年五月頃といい、また昭和三四年頃、同年夏頃、同年下期、昭和三五年頃ともいつて符合しない点はあるが、ひとしく「下村商店の戸車」といえば「オレンジ色の戸車」、「オレンジ色の戸車」といえば「下村商店の戸車」というように、「オレンジ色の戸車」が債権者の戸車たることを示す表示として、戸車販売業者ならびに需要者の間で日本国内に広く知れわたるようになつていた旨の記載があり、

(ハ) 前掲甲第五号証の二の一七(昭和三四年六月一一日付けの鋼材新聞)には、ナイロン戸車にいろいろの銘柄がある、そのなかでもオレンジ色のコマで知られているニチレナイロン戸車が好評を集めているようである旨の記載がそれぞれ存在する。

(二) しかしながら、右(一)に挙げた証拠は、次に疎明される事実に照らして、債権者主張事実の疎明としてたやすく心証を引かない。

(イ) 成立に争いのない乙第二一号証の一、二(集計報告書)によると、同号証は、大阪市立大学に勤務する申請外猪口義孝が昭和三九年六月現在において、大阪府および福岡県の各南部に居住する需要者、北陸、関西、中国、九州の金物類(戸車を含む)の販売業者より求めた回答(その数は需要者につき七一九人、販売業者につき一〇八人である)を集計したものであるが、これには、右需要者七一九人のうち、プラスチツク戸車のあることを知つている者は五二〇人であり、これを知るに至つた動機は次のとおり区分されていることが疏明される。

現物を見て 二五三人

店頭で 一六七人

新聞、雑誌、ラジオ、テレビの広告で 四二人

看板で 一人

その他の理由で 五七人

右のように戸車販売業者の店頭でプラスチツク戸車自体を見てその存在を知るに至つた需要者の数は、新聞、雑誌、ラジオ、テレビ、看板などのいわゆる宣伝広告の活動を通じて知つた者の数に比較して非常に多く、このことは、同号証中に、プラスチツク戸車の販売業者九三人(前述の金物類の販売業者一〇八人のうち戸車を取り扱つている者の数九三人)のなかで、需要者より戸車の色、製造業者、製品の名称などを指定して戸車購入の申込みを受けている者は僅か七人であり、その他の販売業者八六人は右のような指定を受けることがなく、需要者において販売業者の店頭で戸車自体を見て選択し、或いは業者の勧めるままに購入している旨の記載があることによつても是認できる。

(ロ) また別表認定のように債権者は「オレンジ色」の語を使用して宣伝広告をするにつき、単に「オレンジ色の戸車」としてではなく、これに「ニチレナイロン」の語を附加した「オレンジ色のニチレナイロン戸車」の語を用い、または「オレンジ色の戸車」の傍らに「ニチレナイロン戸車」の語を併記して宣伝広告をしている事実のほか、前掲甲第一号証、第四号証の二の一(昭和三三年九月号のサングラフであるが、特に「類似品あり、ニチレナイロンと御指定下さい」の記載部分)、同号証の二の二九(昭和三三年一〇月九日付けの建材新聞であるが、特に上記と同趣旨の記載部分)、同号証の二の五六、第三三号証の一、第三八ないし第四〇号証の各一、二、第四一号証の三(昭和三四年中頃のことではあるが、債権者の戸車を「オレンジ色の戸車」と呼ばないで、「赤色の戸車」といつて買い求める者があつた旨の記載部分)、第四九号証、乙第二一号証の一、二、証人稲葉の証言によりその成立が疏明される甲第二号証の一、成立に争いのない同第二号証の二ないし四、第三三号証の三、証人富沢の証言によりその成立が疏明される甲第八ないし第二一号証、証人稲葉、同富沢の各証言、の一部を綜合すると、債権者は昭和三三年九月頃より前述のように「オレンジ色」の語を用いた宣伝広告を続けたのであるが、その前後には既に、三井化学株式会社の「ハイゼツクス」、昭和油化株式会社の「シヨウレツクス」のように「ポリエチレン」(プラスチツクの一種)を原料とし、これにオレンジ色を着色しているので、その色彩ならびに形態の点では債権者の戸車に類似し、品質ならびに性能の点では債権者のそれに劣る類似品が市場に出て、その数は次第に増加し、オレンジ色の色彩のみによつては債権者の戸車を他の戸車と区別しがたい状態にあつたのであり、債権者は昭和三四年四月三日問屋、小売業者を通じ全国の需要者に対してチラシ二九万二八〇〇枚を配布し、他の類似品と区別するため、右チラシに単に「オレンジ色の戸車」としてではなく、「オレンジ色のニチレナイロン戸車」と表示して購入されたい旨を記載して警告を発したにかかわらず、類似品はその後も増加の傾向をたどり、昭和三九年六月(前述の乙第二一号証の一の集計報告書の作成時)現在においては、需要者はもちろん販売業者もその大多数は、オレンジ色の色彩のみによつては、債権者の戸車を他の製品と区別することができず、更にはオレンジ色の戸車を債権者の製品ではなく、債務者らの製品と考えるものの少なくなかつたことが疎明されるのである。

(ハ) なお、債権者がオレンジ色として用いて来たと主張する別紙記載の各色ならびにその中間色がいずれもオレンジ色の範畴に属することは成立に争いのない甲第五二号証によりこれを認めることができるが、これによると、オレンジ色の範畴には赤味を帯びたもののほか、別紙表示の如く全く多様の色相を含んでおり、オレンジ色を戸車のコマに使用するときはその色は特異なものであるとしても、右のような多種類の色相のオレンジ色を使用した場合には出所表示として購売者に与える印象も弱く特別顕著性も薄いといわなければならない。

(三) 他に戸車のコマのオレンジ色が債権者の戸車のセコンダリーミーニングとなつていた事実を認めるに足りる疏明はない。そうすると、他に特別の事情の認められない本件において、戸車のコマのオレンジ色をもつて、債権者の戸車の周知表示であると認めることはできない。

三、債務者に対し戸車にオレンジ色であることを示す名称の使用の差止めを求める申請について。

本件において、債務者が現に戸車にオレンジ色であることを示す名称を使用していること、または将来使用するおそれのあることを窺うべきなんらの疏明もないから、その差止めを求める申請はその余の点につき判断するまでもなく失当である。

第三、そうすると、債権者の本件申請は結局被保全権利の疏明を欠くことに帰着し、かつ保証を立てさせて疏明に代えることは相当ではないから、理由なきものとしてこれを却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 大江健次郎 西内辰樹 佐藤貞二)

別表<省略>

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